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特集3 ボルドー・トラム開業記念
架線なし集電システム



写真1 架線のないボルドーのトラム

 2003年12月21日に開業したフランス・ボルドーのトラムは、景観保護のために架線を使わない集電システムを採用しました。トラム敷設にあたって、いつも問題になるのが架線と景観保護のかねあいです。センターポール採用などで、トラムの架線と景観はだいぶ改善されてきているとはいえ、上空に電線が存在することには代わりがありません。ということで、架線をなくしたボルドーの事例は注目されています。架線のない集電方式は今に始まったわけではなく、戦前のロンドンやワシントンなどでの採用例があります。また近年、トロリーバス用にも新しい架線なし集電システムが開発されています。そこで、第3回特集は、ボルドーのトラム開業にちなみ、これら架線なし集電システムを紹介してゆきます。

 そもそも電車に架線があるのは電気の性質と関係しています。電気はその性質上、蓄えるのが難しく、電車の場合でも外部から給電した方が効率が良いと言うことになります。そのため、電車では給電線が必要不可欠になります。電車では、線路頭上に給電線を張る架空線方式が一般的です(電線は一本だけですが、線路を−線として利用しています)。電車用の電気は直流でも600V〜1500Vあり、感電すると危険なので上空に張った方が安全となります。架線を使わない方式として、地面に+の給電線を設置する第三軌条方式があります。地面に給電線があると感電の危険があるため、踏切のある通常の鉄道では使用できません。第三軌条方式は踏切のない地下鉄や全線高架式の鉄道に限られます(地下鉄では、架線がないぶんトンネルを小さくできることから、積極的に使われます)。

 トラムの架線なし給電方式は、実はこの第三軌条方式を使用しています。当然、地面に給電線を露出すると、行き交う人や車が感電する危険があるので、給電面が露出しないように工夫する必要があります。架線なし給電方式は、どうやって感電の危険を防ぐか、というのがポイントとなります。




1, 地中第三軌条方式
昔の方式


写真2 ロンドン交通博物館に展示している地中給電方式



写真3 地中給電方式の仕組み
 戦前に実用化された、トラムの架線なし給電方式です。路面をゆく人が感電しないように、第三軌条を地中に埋め込んだ方式です。ロンドンやワシントンで使われていたようです。左の写真2は、ロンドン交通博物館に展示している、実物のカットです。路面中央に幅・深さ60cmくらいの溝を掘り、その中に第三軌条を設置し、上から敷石で蓋をするという物です。給電線は地中40cmの深さにありますし、敷石で覆われているので通行人が感電することはありません。丁度、サンフランシスコやリスボンの路面ケーブルカーで、ケーブルが地中に埋められているのと同じ感じです。この方式は、高度な技術を使わず、比較的簡単に架線なし給電システムを実現できます。

 左の写真3に地中給電方式の仕組みを示します。左図ではわかりにくいですが、路面中央に幅60cm、深さ60cmの溝が掘られ、その中にこれら第三軌条が設置されています。真ん中左右一対づつある黒い棒が、給電線です。深さ30cmくらいの地中にあり、感電することはありません。上にある灰色の金属の部品は、溝の蓋と電車から伸びる集電靴のガイドを兼ねています。この部品の上にさらに敷石を並べます。給電線は感電防止のため、絶縁用の碍子によって蓋に吊られています。後部に見える馬蹄形の金属の部品が、装置全体を支える柱です。碍子で絶縁することにより、地面に露出する金属部品に電気が流れることを防いでいます。

 電車は長いステーの先につけられた集電靴(コレクターシュー)から集電します。線路脇に設置されている第三軌条ならば台車枠に集電靴が付いていますが、中央に第三軌条があるこの方式だと、床の中央に集電靴が付いています。地中30cmの所に伸ばす必要があるので、集電ステーはかなり長くなっています。見たところ、路面にあいている集電靴挿入用の穴はかなり細いので、集電ステーは可動式になっているのかも知れません。
 (写真2の電車から伸びている集電靴ステーの設置部分は結構構造複雑そうですし)。集電靴挿入口は細く、そのまま集電靴を引っ張って抜くことはできないようです。故障時などの対応に問題がありそうです。

 比較的初期の時代に架線なし給電を実現させたこの地中第三軌条方式も、その後あまり普及せず、しかも現在では使われていません。その理由としては、なんと言っても地中の第三軌条を保守・点検するの手間がかかることでしょう。地中の第三軌条を保守・点検するには、いったん敷石をはがして、溝を露出させる必要があります。結局、この手間が嫌われてこの方式は長続きせず、長らく通常の架線集電方式が使われることになりました。景観問題があるにせよ、確実に給電・感電防止ができて保守も簡単な第三軌条方式が登場するには、21世紀を待たねばなりませんでした。

 なお、1958年まで存在していたボルドーの古い路面電車でも、この地中方式の第3軌条が採用されていました。



2, 磁力ピックアップ給電方式
トロリーバスの架線レスシステム

 地中第三軌条方式が使われなくなって以来、トラムの給電方式はずっと架線のままでした。架線はそれ自体の他、架線を支えるために両サイドから張られたワイヤー(スパンワイヤーと言います)のもあり、景観上問題がありました。近年のLRT導入などによるトラム復権の中では、複線の中央にオシャレなデザインの架線柱を立てるセンターポール方式を採用するなどしてだいぶ景観が改善されましたが、それでもさらなる景観保護のために架線のない集電方式が求められるようになりました。

 まず架線なし集電システムを最初に実用化したのは、トラムではなくトロリーバスでした。イタリアで開発されたストリームというトロリーバスで磁力ピックアップ方式を使った安全な給電方式が開発されました。

 トロリーバス・ストリームで採用された方式は、まず地面に+−二本の2つの給電線を設置した給電モジュールを埋め込み、床から出た集電靴を使って集電します(トロリーバスは、線路を使わないので+−二本の架線を必要としています)。そのままだと、感電する危険があるために、+線を40cmごとのセグメントに分割し、バスが通過中だけ+部分に電気が流れるようにします。図1の通り、バスの真下にある+モジュール(赤の部分)にだけ通電し、他の+モジュール(緑の部分)には電気が流れません。
+線は40cmごとのセグメントに区切っています。
図1 トロリーバス・ストリームの給電方式

磁石で給電線をひっぱり上げて、バス通過中セグメントだけに通電しています。
図2 磁力ピックアップ給電方式

 それではどうやって、バスの通過中だけ該当モジュールに給電しているのでしょうか?ストリームでは、セグメントの真下に磁石のついた給電線を設置し、集電靴に取り付けられた磁石が給電線を磁力で引っ張り、給電線とバスの下の+セグメントが接触して通電するようになっています(図2)。バスが通過し終われば、給電線は自動的に下がり、セグメントは非通電状態になります。  この方式のメリットとして、ハイテク装置ではなく、単に磁石で引っ張っているだけなので、構造が簡単ということが挙げられます。例えばコンピューター制御だと、誤作動で電車通過中以外のセグメントに通電してしまう危険性もありますが、この方式ではそういう危険性はありません(通常給電線を引っ張り上げるくらいの強力な磁石を携帯している人はいないので)。給電装置自体、数メートル単位のモジュール構成になっているようで、比較的簡単に設置できます。本来はトロリーバス用ですが、+線だけのモジュールにすればトラム用にも応用ができそうです。

 この方式を採用した、架線レストロリーバス、ストリームはイタリア・トリエステ市で運行が始まっています。ストリーム自体、蓄電池も搭載しているので万一車体が給電線からずれても、走行は継続できます。(よく考えれば、架線レストロリーバスとは変な用語です。トロリーバスのトロリーとは架線のことなので、矛盾した用語になってしまいます。本来ならば、路面給電式電気バスでしょうか。ちなみに、トロリーバスは日本語〔の法律用語〕では無軌条電車ですので、架線レス無軌条電車は意味が通ることになります) ヨーロッパでは、トラム復権と並んで、バスの復権・強化も続々進んでおり、その中でトロリーバスも新技術導入で復権が進んでいます。その中で今後ストリームも採用例が増えると思われます。



3, 路面給電方式
(ボルドー方式)
Le systèm d'Alimentation par le Sol(APS)

 フランス・ボルドーのトラムは、街のシンボル・サンタンドレ大聖堂など歴史的建造物が多く残る地域を通ることから、これまで以上の景観への配慮を求められました。特に、架線が景観に与える影響が問題となり、思い切って架線を使わない集電方式を採用しました。ここで採用されたのは、ボルドーのために新たに開発した路面給電方式(Le systèm d'Alimentation par le Sol、APS)です。トラム新設にあたって新技術を積極的に採用するのは、一都市一革命を起こして現在のトラム復権を引っ張るフランスの面目躍如といったところでしょう。


図3 ボルドーのトラムで採用された路面給電方式

 この方式も、ストリームの場合同様に給電線をセグメントで区切り、電車通過中のセグメントにのみ通電する仕組みです。こちらの方式では、鉄道用なのでもちろん線路中央の給電線は+線一本のみ、さしずめ路面電車用の新しい第三軌条方式と言ったところでしょう。方式は図3に示した通りで、8mの長さの通電セグメントと、3mの長さの絶縁セグメントを交互に配置しています。2つの通電セグメントで1つのブロックを形成し、ブロックごとに給電装置が設置されます(つまり、2つおきの絶縁セグメントに通電箱が配置されているということです)。そして電車通過中の通電セグメントのみに通電する仕組みです。電車の床から伸びたコレクターシュー(集電靴)がセンサーを兼ねているようで、通電箱は電車の設置を確認して該当セグメントに電気を流すようです(電車が何らかの信号を通電線経由で通電箱に送り、その信号によって通電箱が作動していると思います)。

 写真4・5に路面上の第三軌条を示します。第三軌条のモジュール自体はコンクリートでできているようで、その上に二本の凸があります。電車のコレクターシューは二本の凸をガイドにしているのだと思います。給電セグメントではこの凸が金属であり、接触する電車のコレクターシューに給電します。絶縁セグメントは凸の部分もセメント製で、もちろん電気が流れません。絶縁セグメント中央部にはふくらみがあり、ここが絶縁セグメント部分であることを示しています。絶縁セグメント2つ置きに、路面に蓋があります。この中に給電箱が入っています。一つの給電箱で、左右一つずつの給電セグメントに給電します(写真4で前方に軌道上の柵が見えますが、これは工事中の路線で写したからです)。写真5は絶縁セグメントと給電箱部分のアップです。ちょっとわかりにくいですが、矢印の部分が絶縁セグメントと給電セグメントの境目で、金属部品とセメント部品の境目です。すでに電車が走行している方の第三軌条では、電車のシューとの摩擦で散らばった錆が付いています。ストリームの給電方式と比べても、この第三軌条は軌道に違和感なくとけ込んでおり、言われない限りここに直流750Vの電流が流れるとは思わないでしょう。
 本来ならば、電車の集電シューの写真もお目にかけたいところですが、超低床車の上に、ボルドーの車両は台車付近にカバーがかかっており、床下を覗いてもよくわかりません。走行時にコレクターシューが第三軌条に接触する独特の「カチャカチャ」という音で、第三軌条にシューが出ているとわかる程度です。

写真4 路面給電システムの第三軌条の様子



写真5 絶縁セグメントと給電箱

 ということで、ボルドーで初採用となったトラム用第三軌条方式ですが、いいことばかりではありません。まず、通常の架線方式に比べて三倍近いコストがかかるそうです。そのため、ボルドーでも全区間で第三軌条方式を採用せず、郊外部では通常の架線方式を使っています。ボルドーのトラムも、郊外区間用にパンタグラフを装備しています。また、どうもまだ安定していないせいかこの第三軌条方式で電気系統のトラブルが生じやすいらしく、開業式でシラク大統領の乗った記念電車が止まったそうです。

 と言えども、使っているうちに問題点なども明らかになってゆくでしょうし、景観保護のための新しい方式として地道に育ててゆけば、もっと普及する可能性を秘めていると思います。歴史的街区にトラムを通すのはボルドーだけではないので、多くの都市の担当者はボルドーの第三軌条方式の成否に注目しているでしょう。



 

結論

 架線の問題は、トラム導入時にいつも問題点として指摘されるところであり、架線のないトラムシステムの実現は渇望されていたものの一つと言えます。ボルドーでの成果は、「もうトラムは架線が邪魔だとは言わせない」というものであり、この方式を地道に育てていけば今後のスタンダードになる可能性も秘めています。採用例が増えればコストも下がるでしょうし。ヨーロッパでは旧都心と言えば歴史的建造物が集中しているのが常識なので、ストリームやボルドー方式は今後普及してゆく可能性が大きいでしょう。

 一方で架線方式の方も、景観への改善が進んでいます。従来は軌道と直角方向に張ったワイヤー(スパンワイヤー)で架線をつり下げていました。この方式だと頭上を覆うワイヤーの数が多くなり、特に交差点では蜘蛛の巣を張ったような状況になり、景観上非常に問題となっていました。そこで、二本の軌道の間にT字型の電柱を立てるセンターポール方式が使われるようになりました。これだとスパンワイヤーがなくなり景観面で大幅に改善するほか、センタポール自身に街灯を取り付けたりデザインを工夫して、架線柱を逆に景観改善のアイテムとして活用しています。近年の日本でも、電線地中化にあわせて路面電車のセンターポール化が進んでおり、鹿児島・岡山・豊橋の路面電車では路線の大部分がセンターポールになっています。

 日本でも、景観改善のためにセンターポール化を積極的に進めていることもあり、架線なしシステムへの関心は高いと言えるでしょう。では、日本でも即架線なしシステムを導入すべきでしょうか?日本では架線なしシステムはまだ時期尚早という感じがしないわけではありません。それはなぜかというと、日本の場合は景観政策そのものがまだ未熟で、高価な架線なしシステムを入れても、過剰設備になる可能性があるからです。これは完全な個人的意見になりますが、今センターポールを導入している日本の路面電車でも、センターポールで路面電車が景観をよくしているにもかかわらず、回りの建物の方がよほど景観を壊していて、綺麗な景観とは言えません。ヨーロッパで架線なしシステムが導入されているのは、市街地に多くの歴史的建造物が建ち並び、街並み保全で建物の高さやデザインなどが統一され、景観に調和しない看板が一切無いという状況で、トラムを導入すれば架線が本当に邪魔になってくるからです。古い建物の保全が進まずどんどん新しいマンションに建て代わり、建物の高さやデザインはバラバラ、さらにビルの広告塔や店の看板で街がごてごてに着飾れている日本の都市で、果たして高いお金をかけて架線なしトラムを導入してどれほど効果があるでしょうか。
 ヨーロッパではストラスブールの成功以来、トラムをアーバンデザインの手段として活用することが常識となり、その流れの中でより積極的に景観を保護しようとして架線なしトラムが生まれたのです。もし架線レス技術を日本に導入するならば、ヨーロッパの景観政策をよく理解した上で、導入しなければ行けないでしょう。トラムのデザインも架線も、街の景観のパーツの一つに過ぎません。トータルの街の景観をどうするのか、という考えのもとで架線なしトラムを導入するならば意味があるでしょう。日本でも世界遺産を多く抱え、建物規制がある京都など、トラム導入時に景観を考慮しなければいけない都市はたくさんあります。トラムと景観ということを契機に都市景観について考えていけば有益でしょう。今回のボルドーの技術は景観保護の面から画期的なものですし、トラムをアーバンデザインのツールとして活用するのに更に力を与えた感じがします。これでトラムの積極活用の可能性は更に高まることは間違いないわけですし、どんどん注目してゆく存在であることは間違いはありません。



文:南 聡一郎
2004年1月14日作成
2004年2月24日訂補

・トラムと架線の光景色々

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・ストラスブールのHomme de Fer。
ここはアーバンデザインの傑作として有名だが、上空の架線が気にならない訳ではない。
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・ボルドーのサンタンドレ大聖堂横。架線レストラムで、11世紀建造の街のシンボルとも言える景観を守っています。
gr4.jpg
・岡山、城下付近。センターポールで景観はかなり改善されていますが・・。
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・岡山、柳川付近。道路と軌道は良くても、回りの建物がバラバラでトータルの都市景観になっていません。
 


<おまけの脚注>

 ここで、−電流は線路を流れているのでこれに感電する心配はないのか、と思われる方も多いと思います。通電中のマイナスの電線に触っても、人間の体の方が電気抵抗が高いので、感電しません(鳥が電線に止まっても感電しないのと同じ理由)。また、線路を−線に使う場合は、地面がそのままアースとなるので、人間が感電することはありません。感電するのは、+線と−線両方を人間が触った場合です。通常は離れている+線と−線が、それを触った人間の体が回路となって、通電してしまうからです。ちなみに、−線だけ触ったら安全だが、+線だけ触った場合も安全なのか?という疑問も起こります。−線と違って、+線に触るのは危険です。というのは、地面が−線のアースとなっているため、+線に触った場合は地面が−線となって、人体に通電する危険性が大変高いのです。鳥が+の通電線に止まっても感電しないので、鳥は地面とは接していないからです。ということで、+の架線に地面に足をつけずぶら下がった場合は、感電はしません(別の意味で危険なので、架線には絶対にぶら下がらないで下さい)。

一般的に、APSは「地表集電方式」と訳される場合が多いが、本稿ではフランス語の正式名称の直訳に近い「路面給電方式」という用語を使用している。フランス語のAlimentationとい単語は、「供給」するという意味であり、電力設備側から電力を供給すると言う、すなわち設備側が主体、車両側が客体となる語彙である。車両側が主体となる「集電」では訳としては不適当である。本稿では、Alimentationの語彙に忠実に従い、「給電」という単語を使用している。
 なお、英語ではGround-level power supplyまたはSurface current collectionと呼ばれるようだ(英語版Wikipediaの項目より)。「地表集電」は後者の訳だと思われる。フランス語の直訳に近いのは、当然前者の方である。



参考文献・資料

・森五宏『トロリーバスが街を変える 都市交通システム革命』RIC、2001<ストリームについて詳しく載っています>
・ロンドン交通博物館の展示
・CUB(ボルドー都市圏共同体)資料

・関連項目


ボルドーのトラム


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