2004年10月4日の新聞で、フランスのコネックス社(現ヴェオリア交通)が名鉄が廃線を表明している岐阜市内線・美濃町・揖斐線の引き取り検討を表明する旨報道されました。それで、コネックス社とはどんな会社か、あるいはどんな形態で路線を運行するのかが話題になっています。コネックス社による岐阜路面電車運行について議論するには、まずコネックス社のようなフランスの公共交通事業者がどんな運営形態で運営しているか知る必要があります。
コネックス社は岐阜の路面電車運営において、日本の企業会計(独立採算)方式ではなく、一定の公的負担を求める方式で行う旨の提案を行うことが予想されます。それは、日本のシステムではなく、フランスの運営システムになるということになります。それでは、フランスのやり方とはどういうシステムなのでしょうか?一言で言えば、PFI(Private Finace Initiative)方式なのです。PFIとは近年イギリスで導入されており、話題になっていますが、元はと言えばフランスの方式と日本の第3セクター方式を混ぜたものです。フランスのやり方は、PFIの原型とも言えるものです。
そこで、この特集ではフランス版PFIとも言うべき公共交通運営システムについて紹介してゆき、今後の公共交通運営システムを考える上での話題提供をしていきたいと思います。
まずフランス形公共交通運営方式やPFIについて議論するには、公益事業(公共事業)の実施方式について整理しておく必要があるでしょう。いろいろな用語が飛び交い、日本ではその解釈が錯綜している状況です。PFIの日本語が「公設民営方式」というのはとんでもない誤訳です。第3セクターとか、PFIとか、BOTとかという用語を理解するには、どういう分類でこれら用語が使われているか理解する必要があります。そこで、まずいろいろな用語を、機関別や方式別などで整理した上で、PFIなどの事業方式について考察していくことにしましょう。
まず、本論に入る前に「公益事業」という言葉について述べておきましょう。公益事業とは、採算性よりも公共性が優先される事業でありながら、市場ベースによる運営(料金収入による運営)が可能なために、公的部門のコントロールを伴う採算ベースで運営される事業の事です。市民生活に欠かせないものなので、行政が責任を持つ点は「公共事業」と同じですが、100%税金で行われる公共事業とは異なり、「公益事業」は企業会計で行われます。公益事業の具体例は、公共交通・エネルギー・水道があげられます。
ここでは、計画を立てる主体の公的機関、公益事業の実施主体、実施方式、事業担当段階ごとに簡単に整理して、イギリスのPFIやフランス版PFI方式(コンセッション方式)を考える上での論点整理をしていきましょう。
これで大体出てくる用語について整理ができたと思います。最後にPFIについて述べていきます。PFIは日本では「公設民営方式」と呼んでいますが、PFI(Private Finance Initiative)の訳でもありませんし、実態と大きくかけ離れた訳となっています。おかげで、PFIが大きく誤解されている原因になっています。PFIは、訳せば「民間資金を主体とした公益(公共)事業」という意味です。公設民営方式だと、単なる上下分離方式の一形態という意味しか出ず、本来の意味である公益事業に民間資金を投入するという意味が出ません。また、日本での勘違いの一つは、PFIでは公的機関が補助金を出さないというのもありますが、PFIは「民間資金」が「主体」なのであって、一部に公的資金が使われる場合もあります。第3セクターとはどこが違うのか、という声もあります。PFI自体は、イギリスが日本の第3セクター方式とフランスのコンセッション方式を参考にして作ったようなものなのです。PFIは実施主体や資金の出し方から、3種類の形態があります。
PFIというものは、主に運営段階での事業のことになります。建設・運営を一つの事業者が一貫して行う場合(BOT方式)もあれば、建設・運営が別のケース(上下分離型)もあります。「公設民営方式」ではそれこそ、単なる上下分離の意味しかありません。正確に言えば、「公計民営方式」でしょう。
まず、最初のジョイントベンチャー方式ですが、日本の第3セクター方式そのままです。次に、サービス購入形というのが、フランスのコンセッション方式になります。独立採算形は、本来の公益事業運営方式で、これで採算が取れなくなったからこそサービス購入形方式が出てきたのだと言えます。PFI一つとっても、補助金が前提のケースと補助金がないケースがあり、硬直的に考えてはいけない事がわかります。
前節で公益事業についての用語・分類整理がついたところで、この節ではフランスの公益事業方式について解説していきます。先ほどから、「フランス版PFI方式」と書いていますが、フランスでの方式はイギリスでPFIが考案されるよりもずっと昔から存在しています。フランスでは、このフランス版PFI方式のことを「コンセッション方式(フランス語で契約の意味)」と呼びます。古くは中世の水道整備に遡るようです。フランスの都市交通の分野では、むかしからコンセッション方式が活用されてきました。
まずフランスの都市公共交通に関しては、コミューン(市町村)が責任と権限を持ちます(現在は市町村連合組織CUや交通計画部門だけの一部事務組合方式による自治体連合が交通政策の責任を持っている)。市町村は都市の公共交通の独占運行権を持っている代わりに、市民生活を支えるために公共交通を必ず運営しなければならないという義務があります(フランスでは、交通基本法によりすべての人の交通権が認められており、そのために各自治体は公共交通の運行が義務づけられている)。
ただし、公的機関がそのまま公共交通を運営するのでは効率が悪かったり、ノウハウがなかったりします。そこで、民営事業者が市町村に代わって都市交通を運営するのです。具体的には、コミューン(現在は自治体連合交通政策局AO)が、民間企業に20-50年などの期間、契約によって独占運行権を民営業者に譲渡するのです。契約によって、公的機関は公共交通のサービス水準をコントロールします。契約が切れたら、従来の業者と新規に契約を結ぶか、入札により新しい業者を募るかします。これがフランスにおける公益事業運営方式である、コンセッション方式です。
かつてコンセッション方式では、市町村と契約した事業者は独立採算で公共交通を運営してきました。しかし、モータリゼーションの進展によって次第に独立採算制は成り立たなくなってきました。そこで、コンセッション方式も補助金交付を組み込む形に変化しました。すなわち、最初の契約時に補助金の金額を決めてしまって、市町村と契約する事業者は補助金+運賃収入を歳入とすることにしたのです。具体的に言えば、最初の契約時に事業の見込みを提出し、補助金の年額を決定します。補助金の金額は基本的に一定であり、運賃収入が上がれば事業者の収益が増加するので経営インセンティブが働きます。では収益性が増加して、補助金の金額を減らすことが可能になったらどうするのか?フランスでは、補助金の金額を減らす代わりに、運賃値下げまたはサービス水準の引き上げ(電車・バスの増発など)を行い、利用者と市民に利益を還元させます。
収益率が上がっても補助金を減らさないのは、日本の感覚からすれば不思議かも知れません。それには理由があるのです。フランスには、市町村が公共交通財源のために徴収できる専用の税金があるのです。これを交通負担金制度と言います。域内の従業員数10名以上の企業から、給料の1.75%(地方都市圏で鉄道保有の場合の税率。バスのみだと1%)を公共交通の財源として市町村が徴収できるのです。この交通負担金は、企業から通勤手当の代わりという名目で徴収しているのです(日本では従業員に定期代を渡す代わりに、フランスでは交通事業者に定期代を渡しているということになります)。つまり、交通負担金が存在する以上、交通負担金分は一定額の補助金として公共交通事業者に交付しなければならないのです。交通負担金は運賃先払いの性格をもった税金なので、補助金分公共交通の運賃を安くするのは当然と言うことになります。フランスにおける公共交通は日本の赤字損失補填の補助金とは全く異なるものであることがわかります。
というわけで、フランスの公共交通事業者は大きくわけて公営・第3セクター・民間事業者の3通りがあります。第3セクター企業の場合も民間企業同様に市町村から公共交通運営に関しては契約を結びます。現在のフランスにおける公共交通事業者の公営・民営・第3セクター企業の割合は以下の通りになります。
公営 | 7% |
第3セクター | 21% |
民営 | 72% |
民営事業者が7割以上と圧倒的な割合を占めます。それでは、どのような民営事業者が運営をおこなっているのでしょうか?実は、フランスの公共交通事業者は第3セクターを含めて、すべて大手4社の系列に属しているのです。これら大手4社の公共交通請負企業グループがフランスの公共交通運営で大きな役割を果たしています。大手4社と言っても、企業直営の場合もあれば、一部資本参加だけの場合、コンサル的な役割などその関わり方は多種多様です。第3セクターの場合も、公共交通請負企業が資本参加し、マネージメント&コンサル的な役割を果たしています。また、特筆されることは、EUの市場統合に伴い、EU全域の公共交通事業(特にイギリス)に進出する企業が増加しています。
大手4社のシェアの割合は以下の通りです。
企業名 | シェア |
KEOLIS | 38% |
VEOLIA(旧Connex) | 23% |
TRANSDEV | 15% |
AGIR | 11% |
公共交通の委託業務は、当初はそれぞれの地域で個別に行われていたのを、ノウハウや技術の面、資金力で優位な企業が系列化して行って、巨大なグループができるのが世の常です。そうして、フランスの大手請負企業がそのほとんどを担うようになったわけです。
それでは、大手4社について簡単に紹介してゆきましょう。
フランスの公共交通請負企業グループの中では最大のシェアを誇ります。海外にも進出しています。フランスでは、地下鉄・VAL網を持つリヨン・リールの公共交通の運営が有名です。民営の事業を中心に公共交通を請け負っています。
従業員数 | 28500人 |
売り上げ | 19億7000万ユーロ (うちフランス国内約12億ユーロ) |
バス保有台数 | 12000台 (うち外国2000台) |
トロリーバス保有台数 | 100台 |
自動式地下鉄路線網 | 65km |
地下鉄路線網 | 15km |
トラム(LRT)路線網 | 60km |
先頃岐阜の路面電車参入に名乗りを上げて話題になっているコネックス社です。フランスの公共交通請負のシェア(都市数)では2位ですが、売り上げでは1位のKeolisとほぼ互角で、なおかつ海外での事業規模が他社の3倍以上の規模なので、企業規模としては大手4つの中で最大です。他社がフランス国内を主力とするのに対して、Connexは現在海外での事業が収益の6割を占めています。フランス国内では、民営方式中心に運営しています。軌道系交通では、ナンシー、ボルドー、ルーアン、サンティティエンヌを担当します。ナンシー、ボルドーはConnex直営で、ルーアンでは地元企業とコンソーシアム方式で運営しています。海外では、ヨーロッパにとどまらず世界的に進出しており、イギリスの国鉄分割民営化の際に列車運行にも参入しています(近年運行停止しているようですが)。
フランスの公益事業請負グループ、ヴェオリア環境グループに所属しています(他の会社は清掃事業や水道事業、エネルギーなど)。グループのブランドをヴェオリアに統一する方針から、2005年11月3日にコネックス社はヴェオリア交通に改称しました。
従業員数 | 5万5200人 |
売り上げ | 34億ユーロ (うちフランス国内12億5800万ユーロ) |
公共交通運営都市数 | 5000地域 |
バス保有台数 | 21000台 (うち外国2000台) |
鉄軌道路線網 | 4000km |
鉄軌道車両数 | 3200両 |
フランスで第3位の公共交通請負企業グループです。トランスデブ社は、2つの特徴があります。まず一つ目は、フランスの軌道系都市交通の半数のシェアを占めていること。LRT(トラム)の運営ノウハウに強いことがわかります。もう一つは、TRANSDEVグループの事業者は第3セクター企業が多いことです。つまり、各地域の第3セクター企業に資本参加し、マネージメント&コンサル的な役割、第3セクター企業に対する経営・運行ノウハウの付与が主な業務と言うことがわかります。海外では、イギリスのノッティンガムやポルトのLRTに進出しています。
従業員数 | 1万8000人 (5600人は海外) |
売り上げ | 5億ユーロ (うちフランス国内3億4920万ユーロ) |
経営に関わる事業所すべての総売上高 | 11億4000万ユーロ |
純利益 | 1010万ユーロ |
バス保有台数 | 7200台 |
トラム(LRT)保有台数 | 750本 |
フランス第4位の公共交通請負企業グループです。A.G.I.Rとは、独立した公共交通路線網運営事業者の連合という意味で、その名の通り大手3社に属さない都市交通事業者が連合した企業グループです。鉄軌道系の事業は少なめで、現在はマルセイユ市交通局と協力関係があるのみです。建設中のミュルーズのトラムは、A.G.I.Rに属します。
一口にフランスの公共交通請負企業と言っても、完全民営で進めるところと第3セクター資本参加型で進めるところとがあり、各都市における組織形態も多種多様です。公共交通事業者のあり方に関しては、自治体ごとに考え方が異なります。完全民営事業者に任せて合理的な経営をさせた方がよい都考える自治体もあるでしょうし、公共交通運営に市の考えが反映しやすいように、公営方式や第3セクター方式のように、市役所が運営に影響力を行使できる方がよいと考える自治体もあります。フランスの公共交通運営事業者が多種多様な運営形態をしているのは、自治体ごとのニーズの違いを反映したものであると言えます。フランスの都市交通政策は、地方分権を反映して地方自治体に選択の余地があります。多様な都市交通運営形態の選択肢も地方分権の反映の一種と言えるでしょう。
都市名と交通組織名 | 所属企業グループ名 | 備考 |
リヨン TCL | KEOLIS | 民営 |
ナント TAN | TRANSDEV | 第3セクター |
グルノーブル TAG | TRANSDEV | 社名は第3セクターだが、運営は民営 |
パリ RATP | −− | パリ市と政府が出資する営団企業 |
ストラスブール CTS | TRANSDEV | 第3セクター |
ルーアン TCAR | VEOLIA | 地元企業とのコンソーシアム方式 |
マルセイユ RTM | AGIR | 公営企業 |
リール Transpole | KEOLIS | 民営 |
サンティティエンヌ STAS | VEOLIA | 民営 |
トゥールーズ SEMVAT | TRANSDEV | 第3セクター |
オルレアン SEMTAO | TRANSDEV | 第3セクター |
モンペリエ TAM | TRANSDEV | 第3セクター |
ボルドー Connex Bordeaux | VEOLIA | Connexボルドー支社の直営 |
レンヌ SEMTCAR | TRANSDEV | 第3セクター。バスは別組織で、KEOLIS系列 |
ナンシー STAN | VEOLIA | Connexナンシー支社 |
カーン Twisto | KEOLIS | 民営 |
ヴァレンシアンヌ SEMURVAL | TRANSDEV | 第3セクター |
クレルモンフェラン SAEM T2C | −− | 第3セクター |
ミュルーズ TRAM | AGIR | 第3セクター |
というわけで、フランスの公共交通運営システムについて見てきました。日本では公共交通は公益事業として、従来は完全競争を前提とした市場経済ベースでも、税金を財源とした財政原則でもない独自の方法によって運営されてきました。それは地域独占+内部補助形運営です。公共交通運営事業者には地域における独占を認める代わりに、不採算路線を採算路線からの収益で補填する内部補助によって運行することを義務づけてきました。しかし、今日日本は2つの要因で従来のシステムが崩れてきました。一つ目は、公共交通利用者の減少です。利用者の減少は不採算路線の赤字額を増加させるだけでなく、幹線路線の収益が悪化し、内部補助で賄うことすら困難になってきたのです。もう一つは規制緩和です。地域独占の前提であった、公共交通事業者の参入・撤退の要件が緩和されたのです。これにより、採算部門では新規参入はありましたが、不採算路線の一方的な撤退が生じています。
規制緩和は公共交通分野における完全市場競争モデル化を目指したものですが、不採算路線問題は市場競争とは別の手法を生み出しました。それは、公共交通の財政原則による運行です。過疎地の代替バスや都心部のコミュニティーバスに見られるように、採算ベースに乗らない路線を、公的資金を使って公共部門が運営するケースが増えています。日本においては、公共交通は地域独占+内部補助モデルから、完全競争化の企業会計形と財政原則運営形に2極分化することが予想されます*1。しかし、果たしてそういう単純な二極分化でよいのでしょうか?
公益事業が財政でも市場でもない別のシステムで運営されてきたのは、公益事業特有の性質を持っているからです。公益事業がなぜ他の一般の事業と区別されているかと言えば、それは公共性を持っているからです。公益事業が他の収益事業と異なる点、それは収益事業の目的は事業者の収益を得ることが目的なのに対して、公益事業は利用者に利益をもたらすことを目的としている点です。公益事業の多くは、公的機関が公共事業として実施してもおかしくないものです。公共交通の運営もその中に入ります。公共交通の運賃が民営であっても政府によってコントロールされているのは、もちろん不合理な運賃値上げによる不当利益を得るのを防ぐためなのはもちろん、公共性があるので企業が独自に運賃水準を決めてはいけないという考え方に基づいています。フランスの公共交通が現在のような自治体主導+公的資金投入で行われているのは、本来公共が責任を持つべき公益事業だからです。
フランスのように、公共交通部門に税金を導入する事に反対する人は少なくありません。現在日本では、これだけ赤字で代替バス化が進んでいるのも関わらず、公共交通事業の赤字は悪と考えている人が多いのです。では赤字が悪としたら、黒字は善なのでしょうか?公益事業においては、黒字は赤字よりも悪いことになるでしょう。身近な例を考えてみればわかります。市の水道事業が大赤字を出して問題になれば、それを批判する人はたくさんいます。では黒字だとどうなのでしょうか?市の水道事業で、100億円の収入を得たと発表すれば、市民からはならば料金を下げろという意見が殺到するでしょう。公益事業は本来収益を上げることを目的にしたものではありません。本来は収支差し引き0が理想ということになります*2。
公共事業が採算ベースで成り立たなくなると、フランスやドイツ、アメリカなどの欧米諸国では公共交通に税金を投入することを選択しました。公共交通の財政化です。これまで事業としてやってきた公共交通を、公共事業として行うように転換したのです。ここまで言えば、コネックスなどのフランスの公共交通運営会社と市役所の関係はおわかりかと思います。つまり、公共事業における市役所と受注した建設業者の関係なのです。公共交通の運行は公共事業と同じなので、建設資材を運ぶトラックの運転手にも、乗客を運ぶ路面電車の運転手にも税金で賃金を支払う、ただそれだけのことだったのです。100%税金によって費用を賄い利用料金が生じない道路などの事業とは異なり、公共交通は公益事業と公共事業の中間的なシステムになっています。そのような環境下で事業していますから、コネックスなどのフランスの公共交通運営事業者が日本の公共交通事業者と異なるのは当然です。コネックスの参入も、コネックス側が日本の現状や制度をよく理解する必要があるのは当然として、日本側としてもこれを機会に彼の地の公共交通を運営してコネックスの事を理解する必要があるでしょう。
元々、今回のコネックスが参入を検討している岐阜の廃線問題が生じたのも、公共交通の規制緩和が原因です。規制緩和により完全市場競争ケースにしたのですが、結果的には新規参入で業界活性化ではなく、財政原則による公共交通運営が求められる結果となってしまいました。このような状況に至った原因は、公共交通企業の地域独占に企業だけでなく、自治体が安住していた結果でしょう。法的にも自治体に公共交通整備責任がなく、権限も財源もなく、その状況で突如規制緩和の結果放り出された不採算路線が雨後の筍のように生じて、各自治体も四苦八苦している状況です。経済学も、自治体職員も、地域住民も現在の公共交通を取り巻く急激な環境の変化においついていない状況でしょう。
独立採算での公共交通運営が成り立たなくなったフランスは、交通権を法律に盛り込み、それを根拠に自治体に公共交通運営を義務づけるように改め、今日の公的資金投入形モデルに至っています。日本でも新たな公共交通に対する位置づけを確立しなければならないでしょう。一つのヒントと言えるのが社会的共通資本の考え方です。社会的共通資本とは、一つの国ないし特定の地域に住むすべての人々が、ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力のある社会を持続的、安定的に維持することを可能にすることを可能にするような社会的装置と定義されます。社会的共通資本は、たとえ私有ないしは私的管理が認められているような希少資源から構成されていたとしても、社会全体にとって共通の財産として、社会的な基準にしたがって管理・運営されるもののことです(宇沢弘文『社会的共通資本』4頁)。フランスでは公共交通の多くは民営で運営されていますが、すべての責任は自治体に帰します。このことは私営であっても、社会全体の共通の財産として、社会的な基準にしたがって管理・運営されているのです。だからこそ、公的資金投入もありえるのです。
今日の日本の公共交通は、市場経済の枠組みでは何も解決しない状況となりました。諸外国の事例を上辺だけなぞるのではなく、諸外国でどういう思想・哲学に基づき運営されているのかを見れば有益なヒントが見つかるでしょう。今回のコネックスの日本参入の検討は、もう一度公益事業としての公共交通運営について考えてみるよい機会であることは間違いないでしょう。